ジルさんと乃木坂46のふわふわな日々

日々の乃木坂活動のメモ書き。乃木坂46を追想します。推し箱はアンダー。推しメンの名前を私はまだ知らない…。

坂道AKB「国境のない時代」の感想

【MV】国境のない時代 Short ver.〈坂道AKB〉/ AKB48[公式] - YouTube

今回は坂道AKBの「国境のない時代」について簡単にコメントしていきたいと思います。この楽曲は、乃木坂46欅坂46、そしてAKB48グループから集められたメンバーがコラボするというもので、今回は欅坂46の、長濱ねるちゃんがセンターをつとめています。

さてさて、私はこの「国境のない時代」の歌詞を見て感動しました。というよりは、「僕の声は聴こえるか?」という歌詞に合わせて、センターのねるちゃんが登場する演出に感銘しました。事前の大方の予想?ではねるちゃんがセンターをやるとは見られていなかったので良い意味でのサプライズになったでしょう。まさに、してやったりな演出のように思いました。この「国境のない時代」については、あまり多く語るべきところはありません。要するに、世界のどこかで僕たちは一緒に生きてるから、僕たちも世界も一つなんだと言っているのでしょうか。ここでは、要点を抜き出してみて、この曲がもつ本当のメッセージについて少し考えてみます。

 

・「僕の声は聴こえるか?」

冒頭のこの歌詞は、不特定の誰かに語りかけているものです。つまり、あなたは〇〇が可能ですか?と問うています。そして少し先の歌詞を見ると、「(僕の声が)届くと信じていたい」とあるので、このことの意味を考えてみると、この歌詞は「僕を信じることは可能であるか?」と置き換えられるでしょう。ここですごく単純に考えてみると、僕自体は僕を信じているのか?という疑問が一つ、そして僕が何かを考えている世界とはどういうものか?という疑問がもう一つ生まれます。僕自体が僕を信じているかはここでは分かりません。ただ、明らかなのは誰かに何かを問うているわけですから、この世界では僕は一人ではないということですよね。そこで歌詞にも「世界は一人じゃない」とあります。さらには、「僕たちは同じ時代を生きているんだ」と続くわけで、この世界は「一つの星」であることをイメージしています。仮に僕のこの世界が一つではなく、他の次元に世界が存在していたとしても、僕の声が聴こえるであろう、僕にとっての世界とは「一つ」であると言えます。僕を信じることが可能であるということは、(僕にとっては)普遍的に世界は一つであるのです。つまり、〇〇が可能であるならば、可能性自体によって世界を集約していくようなことがあるとの理解を与えています。ここで、彼は彼自身を信じることが可能であると断定しましょう。彼が、あるいは誰かが、あるいは世界が、彼を信じることが可能であることで、可能性の世界がつながっていくのだと見れば、世界は一つであるということも納得できます。このことを踏まえた上で、次にこの曲の解釈を示した短文を書きます。

 

私を信じることができるか?

私は一人ではない。世界は一人ではない。

この一つの星で、他の存在が見えなくても、

私は信じることができる。

それぞれの場所からここまで集まってきた、

広い空のどこかから。そう私は信じていたい。

風の音が聴こえるか?

私の声は聴こえるか?

君の声は消されたのか?

存在が見えなくても、私は信じている。

私たちは同じ時代を生きているんだ。

言葉がわからなくても、

誰もみな口ずさんでる。

世界は変わる。世界は回る。

 

参考:国境のない時代より

 

いかがでしたか。たとえ、世界に私しかいなくても、そうであるならば、私がやらなくて誰がやるんだ。できるのは私しかいない。そんなメッセージも読み取れるような気がしませんか?そのことで、世界は変わっていく。そして今日も世界は回っていくのでしょう。

 

おらちゃん「国境なんて意味を持たない」

おらちゃん「いずれにしても、誰かに自分の声を届けたい思いはあるんだ」

おらちゃん「だから、おらもここで宣言する」

おらちゃん「おらは世界じゃない!おらはおらなんだ!」

 

ジルさん「…わたしもわたしだ、だから私の世界とおらちゃんの世界の差が分かるのかもしれない、でもその境目なんて良く分からないよね…」

ジルさん「だから、みんな生きてるんだ。みんなで生きてるんだ。世界は一つなんだ」

 

ああ…眠い。ジルさんより

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