ジルさんと乃木坂46のふわふわな日々

日々の乃木坂活動のメモ書き。乃木坂46を追想します。推し箱はアンダー。推しメンの名前を私はまだ知らない…。

乃木坂46、伊藤万理華卒業に関して

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万理華ちゃんはどこをみる?

 

2017年10月3日、乃木坂46の中核的アートメンバーで今野派の急先鋒たる伊藤万理華さんが卒業を発表しました。卒業理由は本当の部分はよく分かりませんが、表向きは初の個展を開催したことでアート気分がさらに覚醒した、とのことでした。私が初めて万理華ちゃんを認識したのは、円周率が3.14…と続いていくように、遡ろうとしてもいつ、どこで、万理華ちゃんは万理華へと変わったのか、そもそも万理華ちゃんとは写像ではないのだろうかという次元で、普遍的に私の乃木坂イメージに深く脳裏に刻み込まれているので、具体性ある形での認知はそもそもにおいて行われていなかったとの一定の結論めいた状態に辿りつきます。ここまでを読むと万理華ちゃんとは脳内にしか存在しないのでは、と読者のかたに想像されてしまう向きもあるかとは思われますが、確かに万理華ちゃんは存在しております。

 

私はここにいる。ここにいる

 

思えば19枚目のシングルでは万理華ちゃんの盟友である中元さんも卒業を発表する中で後を追う格好となりました。残る仲良しグループのメンバーは井上小百合さんとなるわけですが、ここで少し不穏な噂について語ります。万理華さんと小百合さん、中元さんはとても仲が良く、心の内側まで何でも話せる仲で、とある界隈ではそういう関係が転じてかは不明だが、心の発散として3人と他の仲の良いメンバーでホストクラブに通ってしまい、狂うように遊んでいたとの情報がありました。なかでも井上小百合さんなどは文春に写真を撮られたそうですが、直前になって今野さんより立場が上のソニーの運営の方が写真の買取を決めたとの情報もあります。これらはあくまで憶測ですが、心の闇が、乃木坂が本来から標榜する希望ということへのアンチテーゼが、そして一人の女の子としての衝動が当然であるように語られる状況性から、こうした観測を呼んだのでしょう。

 

未来への希望…

 

ところで、みなさんは最高ですか?乃木坂を応援していて最高ですか?私は最高です。アイドル界の頂点にたった乃木坂のこれからを考えると、いつもの焦燥感と自責の念は消えてなくなるような気さえします。なぜ、私は、私たちは、いま、ここにいるのか。ここにいる理由を回想的に考えてみると、私が乃木坂に興味を持った理由は、特にないんです。始めからあるようにあったし、終わる時はグループが終わる時だと思っています。そのことはまさにいまですか?いま、このグループは終わりを迎えていますか?シングル売上は100万枚を達成して東京ドーム公演が決まった。次々とドラマ、映画、CM、イベントなどの仕事が舞い込んでくる。そんな乃木坂が、アイドル界の覇者たる乃木坂が終わることがあるのだろうかという強い疑問はあります。そうしたなかでの万理華ちゃんの卒業は衝撃的ではあれこそ、破壊的な現況には至っていない。

 

乃木坂とは集合的無意識の束である

 

乃木坂46とはすでに公共的アイドルと言っていいほど社会の奥深くまで浸透しているということが私の裏の認識であったわけですが、そうしたことから考えても今回の卒業は何らかの社会的メッセージがあるかと思うわけです。単に、ポジションが上がらないから、仕事が来ないから、ほかの夢を追いたいから、そんなちゃっちい理由でやめるほど乃木坂メンバーは思いがないわけがありません。10月3日に発表したことの意味は不明でも、19枚目、盟友たる中元卒業発表後、乃木坂ミリオン達成で絶頂期での発表は、万理華ちゃんが死を賭してでも成し遂げたい何かがあるんだとしか私は受け取れません。そして。それはけっしてアートのためなんかではない。伊藤万理華とはアイドルである。アイドルとは偶像である。偶像とはすなわち神だ、女神だ、この世界の運命だ。彼女ら乃木坂メンバーが思い描く未来は、ここからどう修正されるのか、希望、あるいは絶望…私はまだその君の名前を知らないし、誰もそれは予測できない。

 

人はなぜ走るのか?

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答えは僕らの手の中にある。万理華を愛している。ずっと愛してる…。

 

 

昼寝してたら卒業発表の現場に立ち遅れたジルさんより